音とデザインと その5

全般的な機能主義デザインがピークを過ぎ、デザインの質も実用的デザインから美的経験性をもつデザインへと移行しています。

美的経験性をもつデザインというのは、実用品としての機能を満たしているうえに、造型的な美しさや時代性がプラスされ、何らかの感動を与えることのできるデザインというような意味です。

例えば、車やオートバイは、かなり以前から、ただ動けばいい、走ればいいといった実用品レベルを越えています。

カッコイイとか、おしゃれだとかいったエモーショナルな要素が、ユーザーの選択に大いに関係しているのです。

また、こういった意味で言えば、ファッションやアクセサリーは最も極端にエモーショナルかどうかで判断されます。

音とデザインと その4

音を最小限に押さえることはデザイン上非常に大切なこととなるわけです。

雑音の激しいドライヤーやワープロなんて誰も欲しくはないだろうし、また、飛行機や新幹線のように、便利ではあるが一度動き出すととてつもない騒音をまき散らすものもあり、これらの音の解決法は技術面だけではなく、デザインにおいても問題とされてしかるべきだと思われます。

都市の雑音を取り除くことは、現代において最大のデザインポイントといえるでしょう。

音とデザインと その3

IDにおいては、機器そのものの発生音をどのようにするかといった問題が当然出て来るのです。

ワープロもエアコンも髭剃りもドライヤーも、メカニズムを含んだものはほとんどすべてが雑音を出す。

また、美しい音楽を流すHI-FIでさえ、使い方次第では雑音を発する機器と化してしまいます。

これらは、特にその機器が機器たる生命を得た時に雑音を出すのだから、まことに仕末が悪い。

音とデザインと その2

よくヨーロッパで、日本人は大声で食事をとると言われていますが、それも案外とこのような生活の中で私達の身についてしまったものなのかもしれません。

どのようなデザインでも、図面の上では音を出さず静かに完成を待っています。

ブティックにしろコーヒーショップにしろ、その平面プラン時においては、そこから音は聞こえて来ない。

よってデザイナーの自由な空想の中では、時には音のない落ち着いた静かな空間を都会にもたらしたいと思うことも度々ある。

インテリアであれば、最終的にその空間に音を与えるか否か、また与えるのであればどのような音を与えるのかという問題は、デザインそのものにもかかわる非常に重要な問いかけでしょう。

音とデザインと その1

近年の日本人の、音についての公共空間に対する配慮は全体に非常に貧しいといえます。

例えば、電機店とか楽器店などで、デモンストレーションと称して、かなりの音量で音を公共空間に向けて流していることがあります。

これは一種の社会的暴力とまで言い得ると思うのですが、その様な暴力的な行為も日常化してしまうと、人々は慣れて来て特に不快に感じなくなる。

これはたいへん恐ろしいことだと思われます。

このような環境を日常的に持っていると、人々は無意識にその環境に合わせてより大きな声で会話をするようになるものです。

政治の歴史のこと・・・その4

ウルフ氏は、一九七一年から七三年にも東京の米国大使館に勤務しました。

ロックフェラー議員はウエストバージニア州の州知事以来、日本の政治家、財界人との親交が深く、かねて知日派スタッフを探していたといいます。

ウルフ氏は、大学で数学、大学院で国際関係論を専攻、国務省にはいる前は、ニューヨーク州内の高校で数学の教師をしていました。

将来民主党を背負って立つと目されているロックフェラー議員とウルフ氏の二人三脚に期待する日米関係者は少なくありません。

マコウスキー上院議員のLAで、関西新空港・公共事業問題を一手に手掛けたジェミー・ブシェ女史も新しい世代の日本LAです。

同議員と同郷のアラスカ生まれで、アラスカ育ちのブシェ女史は、一九八二年から二年間、京都大学に留学、日本の歴史と経済を学びました。

父親はアラスカ州副知事、母親は同州選出の元上院議員の首席スタッフを務めたという政治一家の出で、マコウスキー議員はブシェ女史を小さいころからよく知っています。

同議員は毎日、日本に関することをブシェ女史にたずねるといいます。

民主党大統領候補のデュカキス・マサチューセッツ州知事のスタッフが、公共事業問題についてブシェ女史に熱心に聞きに来てもいるそうです。

政治の歴史のこと・・・その3

ウルフ氏は仲間のLA達から「インベーダー(侵入者)」と呼ばれます。

キャリアの官僚出身のLAは珍しく、また、一九八七年一月の就任後わずかの間に日本問題で中心的な存在になったからです。

法案を通すなど、LAとしての実績が特にあるわけではありませんでした。

ウルフ氏のその面での実力はこれから問われるといっていいでしょう。

むしろ、日本の関係者の間で"アイラ人気"が高まり、それがLAの間で注目を集めていました。

議員会館で、ウルフ氏のオフィスの斜め前にある外交委のスタッフ室にいるトリプレット氏は、「政治家も、官僚も、ビジネスマンも日本人は必ずといっていいほどアイラを訪ね、話し込んでいく」と驚きを隠さない。

ロックフェラー議貝の知名度が日本で高いこと、その新任のスタッフとしてのウルフ氏が日本のことをよく知っているとの評判が日本側関係者の間に流れていること、などがその理由でしょう。

政治の歴史のこと・・・その2

「LAは一九六〇年代には軍事、七〇年代は税務の専門家が主流だった。八〇年代に入り貿易スペシャリストがLAの花形になった」(R・キャシディー弁護士)。

シュワブ女史は、いわば、第三世代の貿易LAです。

包括通商法案をまとめ上げたのも、今、議会で最も力を持つこの世代のLA達です。

ところが、ここ数年、対日問題を専門に担当するLAが登場しつつあります。

言ってみればLAの第四世代にあたります。

ジョン・ロックフェラー上院議員のLA、アイラ・ウルフ氏はその代表格でした。

ウルフ氏は国務省のキャリア出身で、在日米大使館勤務中(一九八三-八六年)に同議員の目にとまり転身しました。

政治の歴史のこと・・・その1

ベトナム戦争中の一九六六年五月、ノースウエスタン大学卒業と同時に徴兵された同氏は、直ちに陸軍諜報部隊に配属となったそうです。

六八年夏まで、台湾に駐在咲中国申逃北部の動静を監視。

同年八月からワシントンのC天本部に勤趨約一年間中国情勢の分析に従事しました。

さらに、弁護士資格取得後の死七三年にCλフ・ントといわれる民間会社の一つ、モリン・カンパニーに勤めています。

同社は喬言ビ杢社で、大金持ちのハマド・ヒューズ氏などが得意先でした。

こうしたCIAコネクションから、トリプレット氏は、CIAの「トップ・セキュリティー・クりアランス(身元・背後関係が最も信頼できるとの認定)」を持つ二入の議会スタッフの一人です。

つまり、CIAの極秘情報を入手できる立場にあるトリプレット氏は、東芝機械事件では、CIAでこの事件を担当した技術移転局当局者と常に接触、パリにあるココム本部や欧州関係国を訪問し、情報収集に努めています。

シュワブ女史同様、トリプレット氏は一九八入年秋の選挙をきっかけに議会を去る考えといいます。

ここにも行ってみて 3

車の行き交う喧燥の大通りでも、一歩美術館に入れば、内外の名画にゆっくり出会える至福のひとときがある。

ルノワールの少女が微笑み、自画像のマネ、ドガ、セザンヌが、それぞれの物語を語る。

ピカソの「腕を組んですわるサルタンバンク」の左側の影の部分に近づいて見ていたら、そのうち、この作品を中心にピカソをまとめて展示する企画もあるという。

レントゲンで確かめたりして、新しい発見があるかもしれないと、期待したい楽しみだ。

開館翌月からニカ月ごとにテーマをきめて土曜講座も続いている。

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